靴の謎
夜、古町通を千鳥足で歩いていて、よくすってんころりんと転んだ。古町の細い路地は日が当たらず、雪が解けずに凍っているのだ。新入社員としてスーツや靴を新調してきた自分は、気張って革底の靴を履いていた。これがまたよく滑るのだ。お酒が入って足元がおぼつかないオジサンも多いのだが、新潟人は転ばない。「雪国の人は流石だなあ」といつも感心していた。
自分も学生時代は雪山をいっぱい登ってきた。3000メートル級のアルプスはいつもガリガリに凍っている。アイゼン(鉄製の刃)を装着しなければ冬山は登れない。
2月10日の誕生日に同級生と富士山に登った際は大変だった。頂上付近になると傾斜が増し、斜面はツルツルに凍っている。遮るものは何もない。一面の凍った斜面だ。そこに四方八方から嵐並みの強風が吹きつける。耐風姿勢をとって、アイゼンとピッケルを氷の斜面に突き刺して、強風にひたすら耐える。そして僅かに風が緩んだ時に登って耐風姿勢をとる。すると冬富士特有の強風が数十秒、時には数分間、再び吹き荒れる。冬富士はその繰り返しで登る。飛ばされて滑落したら一巻の終わりだ。いくらピッケルを突き刺しても止まらないだろう。カチカチに凍った斜面を滑れば、重力と体重にはまず勝てない。
ある日、新潟人が転ばない謎が解けた。いつものように自分だけがよろけながら歩いていて、同僚の社員に「皆さん、雪道を歩くのがお上手ですね」と話したら、「なーに、冬場は冬靴を履かねばダメさね」。冬靴?なんだそれは?
何と靴の裏に秘密があった。靴底にはギザギザの凹凸があって滑らないように工夫されているのだ。見た目は普通の革靴なのだが、靴底に秘密があったのだった。自分のように、冬場にカッコつけて革底の靴を履いているバカなど新潟にはいない。革底は滑るし、濡れてあっという間にダメになってしまうのがオチだ。
新潟の冬はカッコなどつけている場合ではない。雪深い長岡や上越の社員はみな、黒の長靴にスーツの裾を入れていた。それが冬場の営業スタイルだった。