24時間テレビ
日本テレビ系列の夏休みの名物番組、24時間テレビ。テレビ新潟が開局する3年前から放送が始まった。1日の全ての時間、つまり24時間ぶっ続けでチャリティ(募金)のために費やすという画期的な番組だった。
「愛は地球を救う」というキャッチコピーのもと、ハンディキャップを持つ人々のために車椅子やリフト付きバスを購入する福祉のために募金が集められた。今は福祉だけでなく、環境問題や災害の復興支援などにも生かされるように変化してきている。
第1回目の番組司会者が萩本欽一さん。欽ちゃんだ。コント55号で坂上二郎さんと一世を風靡したお笑い芸人で、どの番組もヒットさせる「視聴率男」とも呼ばれたテレビ業界のスーパースターだった。第何回目かは忘れたが、その欽ちゃんが新潟にも来てくれたことがあり大変な騒ぎになった。
テレビ新潟が開局した最初の年は古町にメイン会場を設け、そこでステージイベントを展開して募金を集めていた。ラストのフィナーレの際には「チャリティ大行進」と称して、万代シティと呼ばれる新潟駅前の繁華街までの約2キロ?くらいの道のりを参加者、スタッフ大勢が歩いていた。万代橋を渡って行くのだが、警察の誘導、ご協力をいただきながら大行列になって行進をしていた。
24時間テレビの名物といえば黄色いTシャツ。局員は全員チャリティとして毎年自費で買っている。イベントが終わった後、普段はなかなか着られない。大体パジャマになっていると思われる(笑)。
視聴者の皆さんは知らないと思うが、実はイベント後には大変な作業が待っている。募金の集計作業だ。膨大な空き瓶や、缶切りでしか空けられない缶詰貯金箱、これまた割らないと空けられない陶器の貯金箱など、様々な容器に詰め込まれた募金を集計しなければならないのだ。一つ一つ缶切りで缶を開け、ガラス瓶をハンマーで割ってお金を取り出す。ガラスの破片や金属で手を切って出血することも一度や二度ではない。必ずケガ人が出る。絆創膏や包帯の出番となる。危険物、燃えないゴミの分別をしながら破片を取り除き、お金だけを銀行から預かった麻袋に入れる。時には外国の紙幣や硬貨も混ざっていて、銀行サイドも集計で大変な苦労をしてきている。
しかし、視聴者からの善意や思いは無駄にできない。瓶の中に入っている手紙を読みながら思わず涙を流すこともあった。世の中には、集めた募金が人件費や別のことに使われる怪しげな募金もあるが、この番組で集めた募金は100%福祉や復興支援に還元される。人件費やその他の経費で使われることは一切ない。偽善だとかいろいろ言われていることも承知しているが、それだけはこの番組に関わった一人として強調しておきたい。
系列局の誰もがいつか終わると思っていた特番企画なのだが、結局は45年も続く番組となり、今やこの番組が終わることは考えられない。それだけのお化け番組になってしまった。加山雄三さんと谷村新司さんのコンビが作ってくれた名曲、サライのメロディがいつまでも続いてほしいと願っている。
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