坂上

田中角栄③

田中角栄は、雪国新潟のハンデを何とかしようとしていて、こんなことを語ったという。

「三国峠を切り崩せば、越後に雪は降らなくなる」

シベリアから吹き付ける寒気が日本海上空の水蒸気を冷やし、三国峠を含む日本列島の長大な山脈にあたって日本海側に雪が降る。なので、この山脈を切り崩せば雪雲が新潟を通り過ぎ、雪が降らなくなるという発想だ。そして、その切り崩した土砂を使って、佐渡と新潟の間を埋め立てれば陸地がつながるという、まさに気宇壮大というか奇想天外の構想である。

勿論、本人も本気で言っていたわけではないが、それほど雪に対する恨み、思いが伝わってくるではないか。

新潟だけでなく、日本海側の北海道、青森、秋田、山形、富山、石川、福井、そして山陰地方、岩手や宮城、福島、長野、岐阜など、冬になると必ず雪が降る地域というのは実は日本でかなり多い。日本人は、その寒い冬を生き長らえるために様々な知恵を生んできた。それが日本人の原点なのである。

雪がもたらす恩恵も忘れてはならない。この豊富な雪が地下水となり、世界一美味しいコシヒカリや野菜を育んでくれる。人間にとって、水は命である。

「過疎が進む中山間地を離れて都市部に住めばいいではないか。その方が安全だし、合理的で、余計な予算も使わなくて済む」

都市に暮らす人はこんなことを言う。政治家にもいる。確かに合理的かもしれないが、人間の思いというものを全く無視している暴論である。

人には故郷がある。先祖代々、守り続けてきた土地がある。田んぼも畑もあり、家族の墓もある。そんな思いがこもった土地を簡単に離れることができるだろうか?否、である。できるはずがない。

そんな雪国や過疎地で暮らす人々に希望の光を与えてくれたのが田中角栄だった。雪深い地域の道路を広く整備し、橋を作り、トンネルを作ってきた。そのおかげで、人々は厳しい冬も暮らすことが可能になり、故郷を守ることができた。地域の人々のつながり、文化や特産物を守ることができたのである。

旧山古志村に中山隧道というトンネルがある。約1キロの長さだが、全て手掘りである。人の力だけで掘ったトンネルだ。この辺は冬場は3メートル、4メートルも雪が積もる豪雪地帯。峠越えの道は厳しく、買い物や病院に行くのもままならない。そんな冬場に孤立する集落の人々がこの状況を何とか乗り越えようとして、昭和8年から16年の歳月をかけて、人力だけ掘ったのがこの中山隧道だ。まさに執念のトンネルである。

そんな地域の人々の思いをあなたは想像できますか?それとも合理的といって切り捨てますか?それとも守ってくれますか?あなたの考えはどちらですか?

確かに角さんは利益誘導とか金権政治とかいろいろ言われてきた。確かにそんな一面もあっただろう。しかし、心の奥底には故郷で暮らす人々への愛と信念があったと自分は思う。だからこそ、あれほどまでのことができたのではないだろうか。

都市と地方の格差が進む日本。今再び、現代の田中角栄の登場を待ちたい。